2012年05月24日

「しゃばけ」

DSC_0106.jpg◆2012年5月24日
「しゃばけ」(新潮文庫)
畠中 恵

「みをつくし料理帖」の影響などもあって、自分の中ではやや“江戸ブーム”なんです。思い付いて「しゃばけ」を初めて読みました。
シリーズ1作目である本作は、薬種屋ばかりが狙われる謎の事件に長崎屋の若旦那・一太郎が巻き込まれてしまう話。
幼いときから体が弱く、病がちの一太郎と、傍らで一太郎をハラハラしながら守っている二人の手代ら、妖(あやかし)たち。彼らのやりとりが、大真面目なのにどこかユーモラスに感じられます。長い年月を過ごした古道具って、なんか個性がありますよね。それと同じで、妖たちもそれぞれ個性的に描かれています。
何かストレスフルなときとか疲れる本を読んだ後とかに読むと、時代物特有の、ゆっくり時間の流れるような感じに癒されそうです。

写真は、京都の老舗旅館・俵屋。古さとモダンさが調和しています。空間のほの暗さも心地よいです。
(2012年-48冊目)☆☆
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2012年05月21日

「太陽は動かない」

金環日食2012.jpg日食20120521.jpg◆2012年5月20日
「太陽は動かない」(幻冬舎)
吉田修一

吉田修一氏の新刊です。これまでの作風とガラッと変わり、ジェットコースター的アップダウンの国際謀略サスペンス。面白くて一気に読みました。

冒頭、かつてNHKを揺さぶったスキャンダルと莫大な資金の眠る海外隠し口座の存在が明かされます。一体どんな話が始まるのかと思ったら、物語は現代へ。
「情報屋」の鷹野は、ホーチミンの新年パーティで謎の東洋人女性と知り合うことに。中国で開催されるサッカー・日韓戦会場での不穏な動きを察知し、天津へ向かう鷹野。そこで待っていたのは…。

日本、中国、米国…各国の政府、企業を巻き込んだ情報戦、渦巻く謀略と裏切り、コンゲーム的な展開、こうくれば井上尚登氏の「TRY」の現代版のようでもあります。
本作に特徴的なのは、したたかに世界を相手にしている主人公・鷹野のキャラクター。彼は一体何者なのか?読み進むうち、生への強い渇望が、彼のアイデンティティと繋がっているのだと分かります。これまでの吉田作品と全く逆の人物像というわけではないのだなと思えてきます。
それにしても、私達が日頃、新聞で読んでいる様々な事件や問題の裏側に、隠された利権や金の動きがあるのは暗黙の事実でしょう。それらを動かしているのは様々な欲望や感情を持ち、なかなか一筋縄でいかない「人」という存在。「平成猿蟹」もそうでしたが、その辺の描き方がとてもリアルです。
もともと器用な作家とは思っていましたが、いろんな要素を組み合わせて、このようなエンタテインメント作品を作ってしまうのは凄いと思います。

画像は今朝撮った金環日食と、欠け始めの写真(日食眼鏡越し)。東京は薄曇りでしたが、雲の隙間から時々顔を出す太陽。日食の時に空気が冷たくなるということを初めて知りました。(2012年-47冊目)
☆☆☆
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「持ち重りする薔薇の花」

2012513203557782.jpg◆2012年5月13日
「持ち重りする薔薇の花」(新潮社)
丸谷才一

著者8年ぶりの長編小説だそうです。
米国で結成された、日本人による弦楽四重奏団「ブルー・フジ・カルテット」を巡る顛末を、彼らの理解者にして友人の老実業家が語る、という内容。
いかんせん弦楽四重奏団の楽器の種類も知らない私(笑)。第一・第二ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの4つからなり、もとはヨーロッパ宮廷の社交音楽やなんかの流れを引いているらしいです。
架空の楽団のゴシップ話が面白いのかと言われれば、まあそうなのですが、読んでいて不思議と心地よさを感じるのは、音楽のように計算された構成の妙によるものでしょうか。
本文によれば、カルテットというのは一流になるほど不仲になってしまうものだそうで、語られる4人もご多分にもれずギクシャクしていきます。
老実業家がカルテットの魅力について「人間関係の面倒さという世俗的なものと、芸術という天使的なものがぶつかり合って、そこから発生しているのかも知れない」というようなことを語ります。
実業家の口を借りた老練な著者の示唆する、人間関係の機微と音楽の関係。それは、芸術の内包する何かしらの要素を案外正しく表している気がします。(2012年-44冊目)☆
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2012年05月16日

ミュージカル「エリザベート」

20120515174352.jpg●2012年5月15日・夜
ミュージカル「エリザベート」(帝国劇場)21回目
出演:春野寿美礼 石丸幹二 高嶋政宏 石川禅 杜けあき 今井清隆 大野拓朗

帝劇に「エリザベート」を観に行きました。
今シーズンが初登板の春野シシィ。歌が上手い人なので期待してました。そういえば、春野さんは宝塚のトップお披露目がトートでしたね。その時のルキーニは、今回ダブルでシシィを演じる瀬奈じゅんさんでした。
1幕。幕開きの少女時代、意外と(失礼!)違和感なかったです。「私だけに」は私的には今一つでしたが、全体として良かったのでは。そういえば、春野シシィは肖像画の皇后に似ていますね。
2幕の「私が踊る時」はさすが元男役の貫禄。しかし残念ながら後半にいくほど、シシィの孤独や苦悩が伝わってきませんでした。綺麗に歌ってはいるのですが、人生と戦っている感じがしないのですね。従って、ラストの「泣いた、笑った…」に私は感動出来なかったです。
石丸トート。私は3度目です。前回よりくどくなった?この人もすごく歌の上手い人だから、もっと普通に歌った方がいいと思うんですが…。仕草がなんか乱暴で、シシィを愛している感じがあんまりしません。キャラが「怒りのトート」なんですね。
高嶋ルキーニ、石川フランツ、ルドヴィカの春風さん、リヒテンシュタインの小笠原さん、それから皇帝のお取り巻きたちは、いつも安心して観られます。杜けあきさんは強さと優雅さ兼ね備えたゾフィー。今井さんは…もっと狷介さが欲しいかな。
ルドルフの大野さんは歌も踊りももっと頑張ってほしいです。ちびルドの小道具が今回、剣からピストルになっていて、マイヤーリンクにつながるという趣向ですね。
それにしても「エリザベート」はキャストや演出によってガラッと印象の変わる芝居です。今回改めてそれを感じました。
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2012年05月15日

「みをつくし献立帖」

201251422418975.jpg2012年5月15日
「みをつくし献立帖」(ハルキ文庫)
高田 郁

「みをつくし料理帖」の料理本が出ました!
本編に登場した料理のカラー写真と、各巻巻末レシピに収録されてなかった献立の作り方、みをつくしに関するエッセイ、そして書き下ろし短編一編で構成されてます。
こうして見ると料理、たくさん出てきましたね。これまで想像するだけだったのが、写真で見れて嬉しいです。
「はてなの飯」や「ありえねぇ」は自分が思ってたのと大分違ってました。少しだけ残念なのはぼやけた背景のような効果の写真が多くて、料理自体をもっとキレイに撮ってくれればなあと思いました。
料理の扉頁には各キャラの懐かしい名台詞が書かれていて「苦しい時に思い出してもらえるような、そんなお膳を作りなはれ」とか「涙は来ん、来ん」とか。印象的なシーンが甦ります。

巻末の書き下ろし短編「貝寄風(かいよせ)」は子供時代の澪と野江の話。これまで私は今一つ野江の人物像をつかみかねていたのですが、初めて腑におちた気がしました。
大店のこいさんだった野江と、塗師の娘として慎ましく育った澪のその後の人生の流転を暗示するエピソードです。大阪の商家の空気がよく出ている好編です。

写真は、みをつくしのレシピを見て作った、我が家のとろとろ茶碗蒸しと金柑の蜜煮。おいしかったです。(2012年-45冊目)
☆☆
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2012年05月12日

泉屋博古館「近代の京焼と京都ゆかりの絵画〜受け継がれるみやこの美」

DSC_0695.JPGDSC_0698.JPG◇2012年5月11日
「近代の京焼と京都ゆかりの絵画〜受け継がれるみやこの美」(東京・泉屋博古館)


会場に入ってまずどーんと目に入るのが「二条城行幸図屏風」。
上下二段に画面が分かれ、上段に上洛中の秀忠・家光に招かれ二条城へ行幸する後水尾天皇と中宮和子の一行。下段に迎えに出る武家たち。さらに周辺の沿道を埋め尽くすおびただしい数の見物たち。この時期、朝廷と幕府が緊張関係にあったことを考えると、興味深く感じられます。
本展は江戸時代の仁清や、明治から昭和初期にかけて活躍した、京焼の流れを汲む作家たちの焼物を中心とした展覧会。
初代宮川香山、三代清風与平、五代清水六兵衛…多彩な作家たちの作風は、仁清風や琳派、中国古陶磁などの影響を受けながら、洗練された作品群として結実しています。
個人的には、清水六兵衛の作品が見れたのが良かったです。それというのも、うちで愛用している「狗児の皿」(京都で買った)が現代の六兵衛窯の作なんです。ちなみにこの意匠は神坂雪佳の絵をもとにしたもの(写真)。とぼけた味わいが気に入ってます。
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2012年05月11日

「薄紅天女」

201251122193641.jpg◆2012年5月11日
「薄紅天女」(徳間書店)
荻原規子

古代史を題材にしたファンタジーの最終巻。前作の「空色勾玉」「白鳥異伝」は大分前に読みましたが、この作品のみ未読でした。
奈良時代末期。武蔵国に共に育った少年・阿高と藤太は、都から坂上田村麻呂なる人物が派遣されて来ることを知る。阿高には出生の秘密があった。彼の母親は倭王権に敵対する蝦夷の巫女姫で、彼自身うちに不思議な力を宿す存在だった。
その頃、都では物怪による怪異が相次ぎ、難を避けるため皇女・苑上は伊勢へ向かうことに。

主人公のシャーマン設定は、いま続刊中の「RDG」シリーズと似ています。異なるのは、本シリーズが現代の話ではなく、古代日本を舞台にした大スケールの物語となっていることです。
1作目の「空色勾玉」の、輝(かぐ)と闇(くら)の神話から始まった光と闇のストーリーが、本作で解決へと向かいます。
面白いのは、前半描かれる倭と蝦夷の対立構図を、都に起こる怪異と結び付けた点。光と闇を生死、善悪などという単純な二元論でなく、両者が運命的に惹かれ合い、変質しながらも合一を目指す存在と位置付けている点。さらに、最終的に未来を決めるのは人間の意志であるという点。設定とストーリー展開が、実際の歴史をモデルにしながら、ドラマチックに絡み合っています。
シリーズ中では、私は「白鳥異伝」が一番と思いましたが、この「薄紅天女」はシリーズ最後を飾るに相応しい作品と思います。(2012年-43冊目)☆
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2012年05月09日

「僕僕先生」

お茶屋-1.jpg◆2012年5月5日
「僕僕先生」(新潮文庫)
仁木英之

中華ファンタジー・シリーズの第1作。
唐の時代。毎日をぐうたら過ごしている青年・王弁が山奥で出会ったのは、少女の姿をした仙人。やがて仙人に弟子入りした王弁は師とともに旅に出ることに。
こう書くと、漫画かアニメのストーリーみたい(もしくはライトノベルっぽい)ですが、自由な筆がのびやかに踊るさまは水墨画のようです。ストーリーの起伏が少ない割に面白く読めるのは、独特の剽逸な文体によるものでしょう。
素直だがのんびりやの王弁と、あらゆる世俗的観念を超越したような導き手の仙人・僕僕のやりとりが微笑ましいです。ただし王弁の僕僕への恋愛要素がこれ以上出過ぎると、詰まらなくなりそうな気がしますが…。
仙人界と人間界が併存し、時折双方の思惑が絡んできたりするところに、中国の歴史物らしい世界観を感じさせます。久々に「封神演義」を思い出しました。(2012年-41冊目)☆
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2012年05月06日

「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」

DSC_0664.JPG◆2012年5月6日
「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」(新潮文庫)
福田ますみ

本書は、全国で初めて「教師によるいじめ」と認定された、小学校での体罰事件の真相を、周囲及び本人への聞き取り調査と裁判の傍聴を通して究明しようとしたノンフィクション。
2003年、福岡の小学校で、教師が特定の児童にいじめを行ったという問題が発覚。教師は処分されるが、いじめを受けたとされる児童側は、市と教師を相手に民事訴訟を起こす。教師の問題行為を暴く筈が、法廷は予想外の展開を見せ始める…。

恐ろしいのは、様々な情報が積み重なって、この教師のマイナスイメージがどんどん独り歩きしていく過程。結果、ありもしなかった事実が大衆に真実と誤認されていきます。名指しされた本人の発言が時々でブレてしまったということがあったとしても…。
それにしても、教育現場の抱えるこの手の問題は真相究明が極めて難しいのだと改めて思わされます。最終的には、法廷で児童側の証言に虚偽が含まれていたこと、医師によるPTSD認定の根拠が不確かであったことが争点となり、原告側の主張の多くの部分は退けられますが、筆者がいう「紙一重」の真相に、暗憺たる気持ちにさせられました。(2012年-42冊目)
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2012年05月04日

「中庭の出来事」

庭_30_54-1.jpg◆2012年4月30日
「中庭の出来事」(新潮文庫)
恩田 陸

演劇を題材にしたミステリー。
偶然ですが、先日たまたま読んだクリスティー「検察側の証人」のモチーフが出てきたこともあり、興味深く読みました。
気鋭の脚本家がパーティの最中に突然倒れ、関与を疑われたのは3人の女優、という「『中庭の出来事』」。これは実は劇中劇で、その創作過程の出来事が描かれる「中庭にて」。山奥の霧に閉ざされた不気味な劇場が舞台の「旅人たち」。
この3パートが関連しながら、進んでいくんですが、いったいどれが現実でどれが芝居なのか?虚実の曖昧な境目に惑わされます。
読み終わったときにおぼろげに浮かんでくるのは人間心理の複雑な綾ともいうべきもの。
有名な映画の「サンセット大通り」や「何がジェーンに起こったか?」が作中触れられていることでも分かる通り、それを体現する存在として「女優」、舞台として「中庭」が設定されていることに気付かされます。
お話自体は私の好みではなく途中でかなり飽きがきましたが、この構造自体は、人間の脳内の不思議を覗いているようで面白いと思いました。
雰囲気的には、多層的な世界と、それまでの価値観が真逆に転換するような場面に、先頃解散した第三舞台を思い出させるようなところもありました。(2012年-40冊目)
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2012年05月01日

「五月花形歌舞伎」

20125120575581.jpg
●2012年5月1日
「五月花形歌舞伎」(新橋演舞場)

新橋演舞場に五月花形歌舞伎・昼の部を観に行きました。
この日は初日だったのでロビーに「おめでとうございます」の声も飛び交っていて、いいもんです。舞台の上ではちょこちょこ初日ならではの珍失敗もあったようですが…(笑)

まず「西郷と豚姫」。幕末を舞台に、西郷(獅童)と揚屋の仲居・お玉(翫雀)の情愛を描く物語。私は初めて観ますが、現代から見ると納得し難い話。多分「異色カップル」の組み合せにこの芝居の妙があるんだと思うんですけど、西郷の大きさが出ていないので、何を伝えたいのかよく分からない芝居になりました。
「紅葉狩」は平維茂が戸隠山で美しい姫と出会って、ついつい気持ちよく酔っ払ってしまうが、実はその姫は…という話。更級姫(福助)の豹変ぶりが見所。獅童の維茂は品があります。
「女殺油地獄」は、勘当されたどら息子のぼんぼんが近所の人妻に金を借りようとするが、断られてかっとなり…という話。過去に仁左衛門(当時、孝夫)で2度観ていますが、今回は愛之助の与兵衛です。
よくよく教えを受けたものとみえ、所作や台詞回しが仁左衛門にそっくり、と思うことも度々。その意味では、きちんと出来上がっている印象です。
ただ、どら息子を熱演しても、妙に色気や可愛いげがあるのは仁左衛門ならではともいえるので、時間をかけて愛之助独自の味も出していくといいんじゃないかなあと思いました。
福助のお吉は初役とのことですが、年下の与兵衛との距離感がよかったと思います。
それにしても、この芝居は面白いです。以前「あやつられ文楽鑑賞」で三浦しをん氏が「女殺」について考察しているのを読みました。三浦氏がいう「理性と情動が曖昧にせめぎあう、言葉にはならない領域が、殺人という行為になって爆発してるような感がある」は、慧眼と思います。現代人が見ても違和感を感じないばかりか、人物の心の動きがすんなりと捉えられる芝居です。
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2012年04月30日

「道長の冒険 平安妖異伝」

PIC000D5.JPG◆2012年4月30日
「道長の冒険 平安妖異伝」(新潮文庫)
平岩弓枝

藤原道長を主人公にした冒険ファンタジーです。先行して「平安妖異伝」という作品があり、本作はその続編ということです。
お話は、あの道長(本作では二十代の青年貴公子)が、連れ去られた楽人を助け、都に春を取り戻すために、はるばる根の国まで旅をして、無明王と対決する、というもの。
何故、道長なのか、ということはさておき、主人公が従者(猫の寅麿)とともに妖魔と戦いながら目的地を目指すというストーリーは、漫画やゲームっぽいです。
一方で、古の説話集にある怪異譚みたいな雰囲気もあって、それを「音楽の素晴らしさ」とか「人の心に棲む善悪」とかの現代的価値観(?)と、うまく融合していると思います。
どこがどうとはうまく言えないのですが、簡潔ながら古風さに趣があって、面白く読める作品でした。

写真は近所で撮った猫。本作の寅麿は「白と虎縞がまだらに入り交じった毛並」なのですが、この猫は全身虎縞です。目付きになかなか迫力があります。(2012年-39冊目)
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2012年04月28日

「検察側の証人」

DSC_0665.JPG◆2012年4月28日
「検察側の証人」(早川書房)
(原題:WITNESS FOR THE PROSECUTION)
アガサ・クリスティー/加藤恭平 訳

クリスティーの戯曲です。1957年に「情婦」のタイトルで映画化もされています。
金持ちの老婦人が殺害され、彼女と親しくしていた若者レナード・ボウルが逮捕されます。やがて彼は裁判にかけられますが、検察側の証人として、彼の犯行を証言したのは…。

弁護士の事務所→法廷→事務所→法廷と、全3幕の中で交互に場所が入れ替わります。
二人の弁護士が法廷テクニックを駆使してレナードを助けようとしますが、いつの間にか自分も作者によってミスリードされていることに気付きませんでした…。
いつもながらクリスティーの人間心理の描きかたは絶妙です。
冒頭の「作者の言葉」に、この作品は登場人物が多いから地方公演ではアマチュア俳優を使えとか、誰と誰はダブル・キャストにするなとか、色々アドバイスが書いてあるのが楽しいです。(2012年-38冊目)
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2012年04月27日

「戯史三國志 我が土は何を育む」

DSC_0679.JPG◆2012年4月27日
「戯史三國志 我が土は何を育む」(講談社)
吉川永青

「三国志」を題材にした小説「戯史三國志」シリーズの最終巻です。
先帝・劉備、関羽と張飛、さらに諸葛亮や趙雲ら重臣たちもすでになく、国力が疲弊しきっている蜀漢の最晩期が舞台。
幼いときに劉備に拾われ、長く仕えてきた老将・廖化が、自らの半生を振り返る、という内容です。

過去にいくつかの三国志を読んで、実のところ私にとって一番謎だったのは、劉備がなぜあれほど人気があったのか、ということでした。
戦の戦績は芳しくなく、強固な地盤もない。豪傑という訳でもなさそう。なのに多くの有能な人たちが劉備の下に集まる不思議。本書は小説ではありますが、この疑問に初めて一つの答えを得た気がしました。
劉備が、隆中の草盧に諸葛亮を訪ねる有名な場面、昼寝をしているから起こして来るという童を劉備が「起こしてはならぬ」と止めます。何故?と問われた劉備は、
「おめえ、気持ち良く眠っているところを叩き起こされたら怒らねえか?」(本文より)
ここからも分かる通り、本書の描く劉備は“ざっくばらんで偉ぶらない”人物。武侠から成り上がったという設定でしたたかさもある一方、情誼に厚く親分肌の理想家です。私の勝手なイメージで言うと、赤髪のシャンクスや杉さまの次郎長親分というところでしょうか。
この劉備を「自らが根を張る大地」と見た廖化は、作中、劉備一派の薫陶を受けて成長。長坂の戦いで従ってきた大勢の民を死なせてしまい「心に蓋をしてしまった」劉備に対し、逆に自らがその支えにならんとします。
古典の軍記ものは事件中心に話が進む為、どうしても描写が淡白になりがちですが、本書は廖化という人物を設定することで、温かい血が通った物語に再構築されています。関羽と張飛の最期、白帝城で劉備が諸葛亮に後事を託すくだりなど、後半お馴染みのエピソードにも泣けました。

終章最後の数頁は、蜀漢滅亡して後、洛陽で静かな余生を送る劉禅の後日談。一陣の穏やかな風が通り抜けたようなラストに感動しました。
写真は「三国志トランプ」の、左から関羽、張飛、諸葛亮、趙雲、廖化のカード。(2012年-37冊目)☆☆☆
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2012年04月26日

「十一代目團十郎と六代目歌右衛門」

DSC_0669.JPG◆2012年
「十一代目團十郎と六代目歌右衛門〜『悲劇』の神と『孤高』の女帝」(幻冬舎新書)
中川右介

今年も歌舞伎界ではいくつかの襲名披露興行が行われています。2月には六代目勘九郎、このあとの6,7月には二代目猿翁、四代目猿之助と九代目中車の襲名と続きます。
襲名という形で歴史上の名を継承し、それにより役者としても段階を上がる、というのは、日本の芸能に独特の制度だと思います。
さて本書は、歌舞伎界を代表する名跡を襲名し、戦後の歌舞伎を彩った二人の俳優・十一代目團十郎と六代目歌右衛門の評伝です。
人気・実力ともに卓越していた二人ですが、それぞれの立場で歌舞伎の「頂点」を強く意識していたのではないか、という切り口になっています。
所謂「芸談」と異なり、どちらかというと内幕本に近いかも知れません。綿密な取材がなされているようなので、戦後から今に繋がる歌舞伎界の輪郭も見えてきます。

不器用で、始終周囲と軋轢を生みながらも、養子として歌舞伎界一の家柄を継ぐことになった團十郎。本書は彼の胸中を「市川宗家を歌舞伎界の頂点と人々に信じさせるために、自分が人一倍信じなければならなかった」といいます。
同時期に歌右衛門は、芸の力のみならず政治力でも周囲を圧倒し、芸術院会員、人間国宝、文化勲章、さらに日本俳優協会会長などの様々な公的役職や名誉を得て着々と劇界の頂点へと上り詰めていったのだ、と本書は指摘します。
ある時期まで菊五郎劇団、吉右衛門劇団と別々の舞台に上がっていた彼らが、吉右衛門劇団の実質的瓦解とともに舞台上で共演するようになり、そして團十郎の晩年、俳優協会をめぐる行き違いからまた離れ…という過程の描写はスリリングで、あたかも緊迫したドキュメンタリーを見ているようです。
実際に彼らがお互いをどう見ていたかということは永遠に謎のまま。
ともあれ、本書が語る、これからという時期に世を去りながら今なおある年代以上の人達の記憶に強烈に刻まれ、語り草となっている十一代目團十郎と、平成まで生きて、芸と名声を後の世に残した歌右衛門に、二人それぞれの「らしさ」を見るような気がします。(20120128)☆
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2012年04月18日

「戯史三國志 我が糸は誰を操る」

DSC_0672.JPG◆2012年4月18日
「戯史三國志 我が糸は誰を操る」(講談社)
吉川永青

これまで私にとっての三国志とは吉川英治版であり、またかつてNHKで放送していた「人形劇三国志」だったのですが、この「戯史三國志」シリーズは、三国志の新しい魅力を感じさせてくれます。
一作目の本作は、下級官吏から曹操の謀臣となり、のちに呂布の下に走った陳宮の視点で、董卓の洛陽占拠から呂布の敗退までを描いています。

群像ものとはいっても、三国志はあまりに長大な物語ゆえ、曹操や劉備、その靡下の諸将、諸葛亮、孫権や周瑜といった主要人物以外は、“顔の見えない”感じがしていました。
本作は時代を絞り込んであるので、主役クラスからマイナーな人物一人一人に至るまで親しみが持てます。
主要人物の中では、青年貴公子・曹操の颯爽たる姿や、渡世人で愛想がいいが油断のならない劉備(劉備の「あっし」「おめえ」口調が絶品!)、普段は臆病だが追い詰められると狂気を発してしまう呂布らが、陳宮の眼を通し、いずれも生き生きと描かれています。
タイトルの副題「我が糸は誰を操る」から分かる通り、物語は陳宮が個人的な理由のために曹操、のちに呂布を操って覇権を得ようとした、という設定。この二人の余りに対照的なキャラクターが物語に深みを与えます。
私個人としては、この辺りはまだ諸葛亮も登場しないし、天下三分の計も成立していないので、三国志ではいつも適当に読み飛ばしてしまう部分。それがこんなに面白く読めるとは、と驚きました。
次巻は呉の話らしいです。この新しい三国志が、どのような人物像を見せてくれるのか楽しみです。

写真は中国土産の三国志トランプ。右から董卓、呂布、劉備の順。この呂布の絵が想像以上の美丈夫でびっくり!!(2012年-36冊目)☆
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2012年04月14日

「蜩ノ記」

DSC_0218.jpg◆2012年4月12日
「蜩ノ記」(祥伝社)
葉室 麟

先頃、第146回直木賞を受賞した作品です。
舞台は江戸中期、豊後・羽根藩。藩主側室との不義の咎で幽閉されている武士・戸田秋谷と、監視のために派遣された檀野庄三郎との交流を描いています。淡々と山里の生活を描くなかに、凛とした気品があります。
家族と周りの人々を慈しみ、武家と農民、それぞれのあり方の理想に思いを遣る秋谷。本作で描かれる「武士の生き方」とは、単なる「君主への忠誠」や「家の存続」を超え、武士道という哲学に昇華されているように思います。今で言うヒューマニズムとも異なり、慈愛のなかにも厳しさとストイックさが含まれています。

さらさらと静かに時が流れるような前半から一転して、後半は矯められた力が一気に開放されるかのような展開です。
以前読んだ同じ作者の「恋しぐれ」は全体としてあっさりした印象でしたが、本作には張り詰めた緊張感と緩急の妙があります。
加えて、村の祭礼の描写、秋谷の娘・薫と庄三郎の、朝餉の卵をめぐる描写などに、艶な情感を感じました。
直木賞受賞後、本作の作風を藤沢作品になぞらえている記事を何度か見ました。確かに、地方性や叙情味、上級武士でなく市井の侍に視点を当てている点など共通しているように思います。そういえば羽根藩のゴタゴタは、藤沢作品でお馴染み、あのトラブル続きの海坂藩と印象がダブりますね(笑)
「人は心の目指すところに向かって生きているのだ」という作中の言葉をよく表したラストが胸を打ちました。
(2012年-35冊目)☆☆
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2012年04月13日

ミュージカル「オペラ座の怪人」

DSC_0659.JPG●2012年4月12日
ミュージカル「オペラ座の怪人」(電通四季劇場)4
出演 大山大輔 笠松はる 飯田達郎

汐留に「オペラ座の怪人」を観に行きました。お目当ては、笠松はるのクリスティーヌ。「ウエストサイド」でマリアを見て以来、いつかこの人のクリスを見たいと思っていました。怪人役は先週から登板の大山大輔さん。
いやいや、想像以上の舞台で、本当に行った甲斐がありました。
笠松クリスティーヌは表現、声の美しさ、声量と圧倒的です!後半の「墓場」から「ドンファンの勝利」「ファントムの隠れ家」のシーンまで、観ているこちらが鳥肌が立つほど。
イルムートの「変装はもういらない♪」の可愛らしさや、「ザ・ポイント・オブ・ノー・リターン」の激しさも印象的。綺麗に歌うだけじゃなくて、キャラクターの人柄までが伝わってくる素晴らしいクリスティーヌでした。
大山ファントムは、高音部やソフトに歌うべきところがやや不安定に感じますが、張るところではさすがの迫力でした。荒っぽい演技がかえって、怪人の不器用な一面を表しているようで、魅力になっています。
後半の一連、とくにラストの「我が愛は終わりぬ。夜の調べとともに」に万感こもった情がありました。手堅くまとめてくる高井さんと比べ、粗削りながら、ぜひまた観たいと思わせるファントムでした。
飯田ラウルは若々しく、クリスティーヌとの距離感がちょうどいい感じです。河村カルロッタやマダム・ジリーの戸田さん、それに中里メグも歌が上手いです。
今回は初めて2階での観劇でしたが、オープニングでシャンデリアがゆさゆさ揺れながら上がっていくのが幻想的でした。見る場所によって感じが変わるというのも舞台の楽しみですね。
演目の圧倒的な力に加え、キャストの熱演に興奮しながら、劇場を後にしました。
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2012年04月11日

「片眼の猿」

DSC_0623.JPG◆2012年4月8日
「片眼の猿」(新潮文庫)
道尾秀介

昨年の直木賞受賞前ぐらいから、出版界猛プッシュ感のある作者ですが、私は読むのは二度めです。
最初に読んだ「向日葵の咲かない夏」が余りに好みに合わなかったので、それ以来ことごとく敬遠してました。
本作は5年前に刊行されたライト・ハードボイルド風のミステリー。
主人公・三梨の職業は探偵。さる依頼によりオフィスを盗聴していた最中に事件が発生し、渦中に巻き込まれるという話。
人間描写の方に作者は力点を置いているようですが、本筋の事件自体、最初からほぼ先が読めてしまうのは欠点と感じました。(2012年-34冊目)
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2012年04月07日

「パラダイス・ロスト」

DSC_0642.JPG◆2012年4月7日
「パラダイス・ロスト」(角川書店)
柳 広司

東京はいよいよ桜が満開です。
好天の日だけでなく、薄曇りの日の淡い桜の色合いも美しいと思います。
写真は、青空をバックにした大島桜。私はソメイヨシノよりもこっちの方が実は好きです。

「パラダイス・ロスト」は、あの傑作「ジョーカー・ゲーム」、さらに続編「ダブル・ジョーカー」に続く、シリーズ3作目です。
今回、最初の短編の舞台はドイツ占領下のパリ。日本人青年がドイツ兵の暴力により気絶したところを、フランスの若者3人に助けられます。その後蘇生した青年は記憶を失っており、不思議なうわごとを呟いていたと知らされます。彼は自問します。果たして自分は何者なのか…?。
このほか、計4編の短編から構成されています。それぞれ独立したエビソードの背後に、神出鬼没の結城中佐と「D機関」が見え隠れしている、というのもこれまで同様。そして今回は何と!その結城中佐の正体に迫る(?)短編があります!!
それにしても、なぜ私達は「スパイ」を扱った映画や小説にこれほど興味を引かれるのか?
以前「スパイのためのハンドブック」(ウォルフガング・ロッツ著、ハヤカワ文庫)という本を読んだことがあります。イスラエルの元スパイが、スパイの心構えや様々なノウハウ、捕捉された時の振る舞い方などを綴ったもので、面白い本でした。でも現実は007とは大分違うのだなあと。
本作のスパイたちはひたすら目立たず、密かにターゲット近くに潜伏して淡々と目的を遂行します。まるでマジシャンズ・セレクトのような誘導術や、忍者顔負けのすり替え、変装、様々な心理トリックを駆使して行動する姿に、ミステリアスなロマンを感じてしまうのかも知れません。(2012年-33冊目)☆☆
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2012年04月05日

「PK」

7.jpg◆2012年4月4日
「PK」(講談社)
伊坂幸太郎

東京は桜の季節。私の自宅近くでも、ソメイヨシノがもう七分咲きほどになりました。
先日の強風にあおられながらも、しっかりと枝にしがみついているのが健気で、頑張れ、という気持ちにさせます。

伊坂幸太郎の新刊を読みました。
ミステリーではなく、近未来が舞台のSF、といっていいのでしょうか。これまでに比べ、余計な装飾が削ぎ落とされた印象。形而上的ともいえる設定。
伊坂作品特有のテーマが変奏曲のように形を変えて出てきます。たとえば「得体の知れない圧力に、どう立ち向かうか」という問いや「私達の知らない連鎖でこの世が繋がっている」こと。
まるで騙し絵のような3部作「PK」「超人」「密使」が互いに関連しあって、伊坂流の“世界の成り立ち”を説明しようとしているように思えます。
あとがきにわざわざ、本作のもとになった3編が、もともと別々に書かれたものであること、そして、いずれも去年の震災前の作品であることを断ってあります。何かのメッセージととられることを嫌ったのでしょう。しかし読者である私としては、「勇気は伝染する」という言葉や「小さなきっかけで世界は変えられる」という概念が、“いま”に向けたもののようにも感じられ、心に残りました。
「蟻蟻詐欺」とか「浮気をこじらせる」という伊坂氏特有の造語も面白く、この作者の言葉のセンスに唸らされます。(2012年-32冊目)☆☆
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2012年04月01日

「ナミヤ雑貨店の奇蹟」

201233012044732.jpg◆2012年3月31日
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(角川書店)
東野圭吾

昔「貴方の心の隙間、お埋めします」という某漫画のフレーズがありましたが、東京の郊外にあるという『ナミヤ雑貨店』は、困っている人や、人生の岐路で悩んでいる人の相談に乗る、という不思議な雑貨店。
ここを舞台に、人と人との不思議な交流がなされ、過去が未来に繋がっていくという物語。
本格から社会派、SFやファンタジーぽいものまで幅広い作風を持つ著者ですが、これだけ多くの読者に支持されている理由を考えてみると、ミステリと「人間を描く」ことを高度なレベルで融合させていることが大きいと思います。
しかし最近の作品、例えば「新参者」や「麒麟の翼」では、事件やトリックよりも人情の機微を描く方に力点が置かれている感じはしていました。
本作ではそれがさらに進み、ミステリの要素は作品内からほとんど抜け落ちて、人間そのもの、人と人との絆を描くことに徹している感があります。
それがもちろん悪い訳ではないのですが、今回読んでいて、どうもいつもほど先が楽しみではありません。それはたぶん、この話が「出来すぎている」せいなのではないかと。
人間とは不完全なもの、という考えはいつも著者の作品のベースにある概念のように思います。人間には未来は見通せず、だから迷うし、しばしば間違いを起こしてしまう。
あくまでも個人的な好みとは思いますが、本作ではミステリ要素の代わりにSF的設定でこの問題に一定の解決を与えることで、良くできた人情話を完成させました。それがかえって私には、東野作品のいつもの魅力を減じてしまっているような気がしました。(2012年-31冊目)
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2012年03月27日

「楽しい古事記」

201232782323156.jpg◆2012年3月27日
「楽しい古事記」(角川文庫)
阿刀田 高

著者の「○○を知っていますか」のシリーズで、これまで「新約聖書」「旧約聖書」「ギリシャ神話」を面白く読みましたが、「古事記」の紹介本があると聞いて読んでみました。
イザナギ・イザナミの国産み神話から始まる古事記の記述を、分かりやすく解説しています。
著者も書いていますが、史書の性格が強い日本書紀に較べ、古事記は物語性が強く、よりストレートに古代人の意識に触れることが出来るように思います。。
私が初めて古事記を読んだのは学生の頃(岩波文庫版)。大和地方を旅行した際には、記紀に出てくる地名が今でも多く残っていることに感動しました。
桜井市から室生方面に向かった時、晴天が突然かき曇って、雷と豪雨がきたことがありました。どうしたものかと思っていると今度は雷雨がぱたっとやんで、まるで嘘のように真夏の太陽が戻ってきました。現代人ならば山あいの天気の変わりやすさを思うところですが、古代人たちは、このような自然現象に神々の意思を見ていたのだろうと思います。
本書の「岩戸の舞」の章では、著者が宮崎・高千穂町の岩戸神楽を訪ねた記事があります。生活と伝承とが矛盾せず溶け込んで、今の世にも息づいている不思議。そう考えれば、私たちの身近にある何気ない言葉や習慣の中にも、案外その源を古い時代に遡るものが多くあるのでは思わされます。(2012年-30冊目)
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2012年03月25日

ミュージカル「キャッツ」

DSC_0610.JPG●2012年3月24日
ミュージカル「キャッツ」(キャッツシアター)40回目

今回は久々の下手側回転席での観劇でした。
回転席とは不思議なもので、音楽が始まって席が回り始めると、いつも名状しがたい感覚に包まれます。多分、日常と非日常の扉の役目を果たしてるんでしょうね。
「ジェリクルソング」が始まると「キャッツ」の世界。
今回は約2年ぶりに芝清道の“濃い”タガーでした。この人のタガーは見てるだけで何だか笑えてくるところが良いと思います。タガーというより、猫たちの中にひとり、ほっぺの赤い芝清道が混ざっている感じです。どうせ誰が演じても違和感がある役なんだから、これぐらい派手にやってくれて嬉しいです。
ガス=グロールタイガー/バストファーの橋元聖地さんは、グロタイの猛者っぷりはいいのですが、ガスのくだりがやや感情過多に思えます。私はもっとあっさりやってくれた方が好きです。バストファーはとぼけた味わいがあり良かったです。
シラバブの江部さんは、最初の頃より歌が安定してきました。透明な歌声と彼女の持つ雰囲気が役に合っています。五反田時代の南めぐみさんも良かったですが、江部バブもすっかり馴染みましたね。ラスト近くの早水グリザベラとの「メモリー」のデュエットが素晴らしいです。
ダンサーたちは相変わらずキレのあるダンスを見せてくれます。大口さんのカッサ、坂田加奈子さんのディミータは見ていていつも惚れ惚れします。前回ミストフェリーズの永野亮比己さんは今回はランパスキャットで出演。そういえば初めて永野さんを見たのは、これも五反田のランパスでした。
休日のためか、客席は満員。とくに後半、スキンブルからミストフェリーズにかけて大いに盛り上がりました。
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2012年03月24日

「殺人は容易だ」

2012321132053859.jpg◆2012年3月23日
「殺人は容易だ」(ハヤカワ・クリスティー文庫79)
(原題 Murder is Easy)
アガサ・クリスティー/高橋豊 訳

列車の客室で隣り合わせた老婦人から、彼女の村で不審死が相次いでいることを聞いた主人公。語り終えた彼女は言います。「殺人はとても容易なのよ。誰にも疑われなければね」
翌日、新聞で老婦人の死を知った彼は、事件を自らの手で調査することを決意します。

外国帰りの主人公、奇怪な連続殺人と依頼人の死、そして迷信深い山間の村とくれば、ああ、これは日本で言えばまさしく横溝正史的世界!!と思います。
文庫に挟み込まれていた「クリスティー文庫通信」によれば、横溝氏はクリスティー作品に影響を受けているのだそうです。言われてみると、分かる気がしますね。
他の作品と同様、登場人物の会話や心理描写に印象的な場面が多いです。冒頭の列車内のシーン以外にも、主人公・ルークとブリジェットの会話や、犯人と目される人物との緊張感あるやりとり。作者のリードで巧みに迷宮に誘い込まれていくようです。
ストーリーは、中盤にやや間延び感があるものの、ルークが渦中に巻き込まれる後半から大詰めにかけて、息もつかせぬスリリングな展開です。
そういえば、先日NHK-BSプレミアムで放送していたドラマ版では、「エヴァンズ」同様、本作も「ミス・マープルもの」にされていました。ストーリーも登場人物も、犯人の犯行動機も全て改変されていて、全くの別物。原作とドラマは別、という割り切りもあるんでしょうが、よく出来た原作をなぜここまで変える必要があるのか、釈然としない思いが残りました。(2012年-29冊目)☆☆
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2012年03月23日

「弁護士探偵物語 天使の分け前」

2012320172045644.jpg◆2012年3月21日
「弁護士探偵物語 天使の分け前」(宝島社)
法坂一広

第10回「このミス」大賞受賞作。
福岡を舞台に、型破りな弁護士が活躍するミステリ。作者は現役の弁護士だそうです。

母子殺害事件の容疑者の弁護を担当することになった主人公。弁護士の日常が描かれるんだと思っていたら、途中から探偵ものになりました。あ、タイトルにもそう書いてあるか。
多くの人が本書で一番気になるのは文章でしょう。「コーヒーをチェイサー代わりにしてジョニー・ウォーカーをストレートで三杯飲み」とか「コルトレーンのレコードを聞きながら」とか、いちいちキザで鼻に付きます。これはもともとの作者の文体がハードボイルドなのか、ハードボイルド気取りの主人公を描いているだけなのか、はたまたその手の小説のパロディなのか、一人称主人公だけに判断が難しいところです。
始めその“臭さ”に閉口気味だったのに、後半では殆ど気にならなくなったのは、ある意味クセになってしまったということ?
特記すべきは、状況証拠と心証だけで決め付けや馴れ合いに走る検察や司法、警察組織に対する反骨心。
法廷での現実は現役弁護士たる作者の腕の見せどころ。そこに鋭く切り込む作品を今後期待します。

巻末に「弁護士用語集」なるものが載っていて、それによれば、ゲーム「逆転裁判」等でお馴染みの「異議あり!」は現実にはまず使われないそうですね。机など叩こうものなら、法廷の規律を乱したとして退廷させられるかも知れないんだそうです。(2012年-28冊目)
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2012年03月20日

サントリー美術館「悠久の光彩東洋陶磁の美」

DSC_0599.JPG201231920384753.jpg◇2012年3月16日
「悠久の光彩 東洋陶磁の美」(サントリー美術館)

安宅コレクションを中心とした、大阪・東洋陶磁美術館所蔵の中国・韓国陶磁約140点の美術展です。国宝2点、重要文化財13点を含んでいます。
私の注目は、北宋・南宋から元時代の中国陶磁。なかでも今回の展覧会のポスターにもなっている「飛青磁花生」(国宝)を楽しみにしていました。
「飛青磁」は非常に優美な姿と色合いを持つ龍泉窯の名品。呼称の由来である鉄斑の飛び具合が地色と合っていて、いかにも柔らかで美しいです。
同じく龍泉窯の「青磁鳳凰耳花生」(重文)。とろんと乳が掛かったような微妙な青緑色。あれ、どこかで見たような形と思い、家で図録を探してみると、13世紀の龍泉窯、国宝・銘「万声」というのがありました。大きさが少しだけ違うものの、形がそっくりです(写真。左側が「万声」)。
汝窯の「青磁水仙盆」(写真右下)は、龍泉窯と並べてみると、釉が薄いせいか軽やかで、かつ繊細な色合いに見えます。乃南アサ「火の道」にこの青磁の描写があるので、やや長いですが引用します。
「口縁の部分には覆輪がつけられており、その分だけ重たい印象になっているが、実際の色合いの際立ちかたは、他の青磁とはまるで異なっていた。安っぽい艶がないのだ。しっとりと、脂でも引いたような、人の肌を連想させるような深い輝きを放っている。(中略)海の色でもなく、花の色でも、生き物の色でもないと思う。それは、決して触れることの出来ない、果てしない空の色だった」
小説の登場人物のこの器を見たときの衝撃が伝わってくるようです。

他に南宋時代の建窯産で国宝「油滴天目茶碗」、白磁や三彩、多数の景徳鎮、高麗・朝鮮時代の陶磁器など、非常に見応えある展示でした。
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2012年03月19日

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」

2012317162941632.jpg◆2012年3月18日
「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」(ハヤカワ・クリスティー文庫78)
(原題 Why Didn't They Ask Evans?)
アガサ・クリスティー/田村隆一訳

今の言葉でいうとこれも“ユーモア・ミステリー”というべきでしょうか。牧師の息子と貴族の令嬢が探偵役として事件に挑みます。とても面白くて一気に読んでしまいました。
牧師の息子・ボビイはゴルフのラウンド中に瀕死の男を発見します。連れが人を呼びに行っている間に、男は謎のひとことを残して死亡。その言葉とは「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」。
発端からぐんぐん引き込まれます。ストーリーは起伏の連続、全く飽きさせません。トリックも出し惜しみせず、どんどん使ってくれます。さすがクリスティー!!
加えて、二人の探偵がとても魅力的。ボビイはぽうっとしていながら、いざというとき役に立つ男。
幼なじみの伯爵令嬢・フランキーは美人で頭脳明晰、行動力があり、その上気さくで誰とでも仲良くなってしまう能力の持ち主。今までに読んだどの“お嬢様探偵”よりもお嬢様らしく、読んでいて爽快です。この二人の会話に、友達以上、恋人未満の情があって、その程よさが良いと思います。
今週、BSテレビでこの作品のドラマが「ミス・マープル」シリーズとして放送されるそうです。原作はマープルものではないのですが、どんなドラマになっているのか、楽しみです。(2012年-27冊目)
☆☆

3月25日 感想追加

ドラマ版の「エヴァンズ」見ました。
「殺人は容易だ」に較べると、こちらの方がまだ原作準拠の姿勢が見えるとはいえ、大幅に人間関係及び犯人の犯行動機が変更されていました。
フランキーは貴族の令嬢というより、冒険好きの女子大生という趣だし、ボビイに至ってはマープルの影に隠れてしまって見せ場が殆どありません。
何より、原作では「エヴァンズ」の正体がなかなか分からないところが妙味になっていると思うのですが、ドラマ版ではここが変更されているので、かえって印象が薄くなりました。
良かったのは、映像で崖の様子やフランキーが潜入する邸宅が見られたこと。今の日本ではなかなか想像できないスケールの大きさでした。
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2012年03月17日

「夏天の虹〜みをつくし料理帖」

201231779163.jpg◆2012年3月16日
「夏天の虹〜みをつくし料理帖」(ハルキ文庫)
高田 郁

半年ぶりの「みをつくし料理帖」シリーズ新刊です。
前作で想い人と沿う幸せを諦めて、生涯料理人として生きることを決めた澪ですが、ついにその決意を相手に伝えます。ここが、とても印象的な場面になりました。
今回の小松原、カッコいいです。彼がこのまま表舞台から消えてしまうとは、私にはどうしても思えないのですが…。
失意の澪をつる家の面々、それに又次や源斉が懸命に支えます。清右衛門や坂村堂、その他名もない常連客達のリアクションに泣けました。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、このあと澪をさらなる試練が襲います。
私がこのシリーズのどこが好きかと問われれば、著者の登場人物たちへの愛情と心配りが行き届いていて、そこに暖かみを感じる、ということが大きい気がします。それが今回に限っては、そのことよりも作劇の都合が優先された印象で、初め違和感さえ感じました。
しかし考えてみると、このシリーズには私が思っていたよりハードな一面もあるのだな、と改めて思い、納得しました。
これまで澪の進んで来た道、種市や芳の事情。いずれも辛い過去を乗り越えて生きる彼らの今があります。
澪の進むべき道が見えたことで、ここからまたもとの「みをつくし」だ〜♪と呑気に構えていたのですが、なかなかどうして、すんなりとは行きそうにありませんね。

今回の料理は「滋味重湯」「牡蠣の宝船」「又次の柚べし」「鯛の福探し(粗炊き)」。
そういえば、「みをつくし」の料理本が出るそうですね。かねがね出るといいなと思っていたので、嬉しいです。(2012年-26冊目)
☆☆☆
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2012年03月14日

「歪笑小説」

2012313133946998.jpg◆2012年3月14日
「歪笑小説」(集英社文庫)
東野圭吾

このシリーズを読むのは「怪笑小説」「黒笑小説」に次いで3冊目です。この中で断然本書が面白かったです。
命懸けで作家の鞄持ちをする編集者、大御所とゴルフで同じ組になる新人作家、娘の婚約者が作家だったら…、各短編悲喜こもごも、諧謔と風刺に溢れたストーリーが続きます。
私が一番印象に残ったのは「小説誌」の章。作家と出版社側の微妙な事情と距離感を表現していると思います。
それにしても、こういう分野においても東野圭吾氏は、誰にも真似できないような作品を書きますね。これはもしかしてご自身の体験談も入ってるのでしょうか。
あまりの面白さに、いつの間にか思わず声を出して笑っていました。
巻末の広告ページも必見!このような本を出してくれた、作者と出版社の勇気に拍手を送りたいです。(2012年-25冊目)☆☆
posted by 千両 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東野圭吾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする